なぜ流用設計のAI化が進まないのか?

製造業において、コストの削減や納期の短い製品の開発では流用設計が欠かせません。そんな流用設計は過去の設計情報を活用することから、AI(人工知能)との組み合わせが注目されていることをご存知でしょうか。しかし、なかなか流用設計のAI化は進んでおらず、その理由にはさまざまな原因が考えられます。

この記事では、設計業務における課題から流用設計のAI化が進まない原因などについて解説します。

設計業務の課題

日本は従来「貿易立国」といわれていましたが、現在では貿易赤字が大きくなり貿易立国とは言えなくなってきています。経済産業省によれば、2022年は15.7兆円の貿易赤字を記録し、これは比較可能な1996年以降で過去最大の赤字となっています。

その一方で、第一次所得収支は35.3兆円と過去最大となっており、海外からの投資収益が経常収支を支えている状況です。このような状況から、製造業における「稼ぐ力」の見直しが必要とされています。

出展:製造業を巡る現状と課題 今後の政策の方向性

令和4年中 国際収支状況(速報)の概要:財務省

例えばアメリカであれば、新規開発などのクリエイティブな仕事の割合が多くなっており、ルーチンワークは機械的に処理することが多くなっています。日本でも、ルーチンワークを削減し、次世代開発を行っていくことが重要です。

流用設計と次世代設計とは

ここまでにたびたび登場した「流用設計」や「次世代設計」についておさらいしておきましょう。

流用設計とは

流用設計とは過去に生産・製造した製品や部品の設計データを用いて、新たに設計を行う手法です。過去に実績がある設計データを用いるため、品質の安定化やコストの削減、短納期への対応が実現できます。また、過去の設計データから技術者のノウハウを取り込み、製品設計者の技術力を向上させる効果も期待できるでしょう。

次世代設計とは

次世代設計とは次世代製品の設計のことを言います。人材不足が進む中で、流用設計に割く時間を減らして次世代設計に費やす時間を増やすことが、日本の製造業の課題と言えるでしょう。

流用設計のAI化が進まない要因

流用設計のAI化は注目を集めていますが、導入はなかなか進まないという現状があります。その主な要因としては、次のような点が考えられます。

現場との意識の乖離

流用設計のAI化は業務を効率化して生産性を向上させ、従業員がよりクリエイティブな仕事に集中できるようにすることが目的です。しかし、ルーチンワーク化された業務をこなすことが常態化すると、新しい作業方法を取り込みにくくなってしまいます。

現場レベルでは従来どおりの方法で仕事ができており、新たに仕事のやり方を変える必要性を感じておらず、流用設計のAI化が進まないということも珍しくありません。AI化を進めるためには多くの時間と人手が必要ですが、そのための時間・人員を割くことができない企業も多いでしょう。これらのことから、現場との意識の乖離が生まれてしまい、AI化が進まない要因の一つとなっています。

AI化に必要なデータが集まらない

AI化は専用のソリューションを導入すれば実現できる、というものではありません。AIは入力された情報(データ)をもとに判断を下すため、そのためのデータを集める必要があります。

しかし、デジタル化が進んでおらず、暗黙の了解や、属人的なノウハウが多い現場では、必要なデータを集めることが非常に大変です。デジタル化が進んでおり、さまざまな情報をデータとして扱える状況であればAI化に必要なデータの作成が行なえますが、デジタル化が進んでいないとデータの収集すら満足に行なえません。

AI導入時には部品や回路などの設計によって異なる細かなルールである「ルールセット」を作成する必要があります。ルールセットは「現場の勘」のようなものを言語化する作業ともいえ、場合によっては何百単位と必要になる場合もあります。

加えて、ルールセットを作る作業者によってルールの粒度が異なることもあり、しっかりとしたデータを作成することは難易度が高い作業です。これらのことから、必要なデータが集まりづらく、AI化が遅々として進まないという状況に陥りがちです。

【コラム】AI/データサイエンスと流用設計 第12回

AIを活用した流用設計のメリットとは

流用設計は過去の設計データを活用することから、設計業務における一種のルーチンワークといえるでしょう。過去の情報を集めて最適な設計となるように組み合わせて新たな製品とする、という流用設計の内容も、図面のデータ化や検索システムの導入・AI化と組み合わせることで、大幅な業務の効率化が実現できます。

業務の効率化によって、新規開発などのクリエイティブ(本質的)な業務に取り組めるようになります。また、経験が浅い設計者でもAIの補助によって複雑な設計が可能になり、設計の経験値もたまりやすくなります。

従来の設計者への教育と比較して学習効率がよく、従業員育成という点でもメリットを得られるでしょう。

まとめ

日本社会の人手不足が深刻化するなか、製造業でも人手不足の解消や「稼ぐ力」の見直しのために業務の効率化は喫緊の課題となっています。そんななかで、流用設計のAI化は注目を集めていますが、現場との意識の乖離やAI化に必要なデータが集まらないといった課題が存在します。

流用設計のAI化が実現できれば、従業員は業務効率化を実現して新規開発などのクリエイティブな仕事に注力できるようになり、製造業が抱える多くの課題を解決する一手となるでしょう。