藤本 隆宏
2020年代の産業進化とものづくり戦略
早稲田大学研究院教授
東京大学名誉教授
ものづくり改善ネットワーク代表理事
戦後、日本は東西冷戦を背景に高度経済成長を果たし、世界第2の経済大国になった。アメリカとも中国とも違う、日本ならではの特徴として指摘できることは、拡大する生産活動に伴う労働力不足を、工業地帯に流入してきた大量の移民や出稼ぎ工で補ったのではない、という点だ。
「日本の場合、労働力不足は、現有戦力の多能工化とチームワークの強化、そして(野球型というよりは)サッカー型の統合的な組織づくりで乗り切ってきたのです」と藤本教授は論じる。
「歴史的な経緯がもたらす日本の産業現場のこうした特徴は、現在に至るまで引き継がれています。そしてこうした現場は、『インテグラル型(擦り合わせ型)製品』と呼ばれる、製造するために複雑な相互調整が必要となる“ややこしい製品”を作ることに長けています。その典型例が自動車です。自動車の部品の半数は、カスタムメイドなのです。そして実際、日本の自動車メーカーは過去40年にわたって、世界市場シェアの30%程度を一貫して維持してきました」
他方でテレビやパソコンのような製品では、日本のメーカーは大きくシェアを落とした。デジタル化の進展に伴い、こうした製品はインテグラル型製品から、複雑な相互調整が不要な「モジュラー型(組み合わせ型)製品」に生まれ変わってしまったからである。この種の製品は、分業型の現場が多いアメリカや中国が強みを持つ。
日本経済は1990年頃をピークに、バブル崩壊、デジタル情報革命、中国の台頭などを受けて変調を来し始める。それでも、日本の製造業部門が力を落としたわけではない。それどころか、製造業の付加価値生産性は30年前と比べて約1.5倍に上昇しているのだ。藤本教授は語る。
「90年代以降、日本の製造業は、テレビや半導体など局地戦では大敗したものの、全体では緩やかに拡大しています。勝ったというには程遠いとしても、けして負けてはいなかった。これはすごい努力、歴史的な粘りだといえます」
「今はトンネルの出口だと私は考えています。これからは、戦略次第で勝てる時代がやってきています」
日本の製造業の歴史的な特徴を踏まえつつ、今の産業を分析するためのフレームワークとして、藤本教授は「CAPアプローチ」を提唱する。
「CAPアプローチの特徴は、『現場の組織能力(Capability)』、『現物の設計思想(Architecture)』、そしてそこから生まれる『産業の競争力(Performance)』をしっかりと見ることにあります。そこから、その企業の強み、弱みを見極めて、戦略を立案していくのです」
ここで現場の組織能力とは、例えば整理整頓からカンバン方式まで、製造現場に200余りのルーチンが定められているとされるトヨタ生産方式のように、それぞれの現場でやるべきことが定められていて、それをしっかりと実施できる能力のことを指す。
また、現物の設計思想とは、モジュラー型(組み合わせ型)、インテグラル型(擦り合わせ型)の設計アーキテクチャーのことを指す。藤本教授は、「現場の組織能力と現物の設計思想との間の相性がいい場合には、高い競争力が生じるのです」と述べている。
「複雑化がますます進む時代を、自分なりの座標軸を持って切り開いていくために、ここでは日本のものづくり業界の未来を、私が『大きなSDG』と呼ぶ枠組みで考えていきましょう」と藤本教授は言う。
ここで大きなSDGとは、国連が定める持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)のことではなく、より大きな連立方程式を解くための、”Sustainable” “Digital” “Global”のことである。
「昔から日本企業が隠れた強みとしてきたものづくりの原点に、『三方良し』があります。良い製品を入手できた顧客が喜び、利益が上がって会社が喜び、雇用が確保されて地域社会が喜ぶ。サステナブルなものづくりとは、『良い設計の良い流れ』を作り出すことで三方良しを実現していくことなのです。これが広い意味でのものづくりなのです」と藤本教授は論じる。
特に近年は、新型コロナ感染拡大や災害、戦禍などにより、グローバルなサプライチェーンがサステナブルでなくなる局面が増えてきている。顧客企業にとって、納期を厳守してくれるサプライヤーへのニーズはこれまでになく高まっている。
「そこで現在では、価格は高くても品質が良く、ロックダウンも工場内クラスターも少なく、納期の信頼性が高い日本企業に注文が殺到しているという現実もあります。日本ならではのサステナブルが、非常時にあっては強みになっているのです」
デジタル化時代の産業は3層モデルで考えると良い。上空は「サイバー層」、低空に「サイバーフィジカル層」があり、そして地上には「フィジカル層」がある。日本の強い製造業が位置しているのは、地上のフィジカル層である。
サイバー層を制しているのは、GAFAなどのメガプラットフォーマーである。自社のコア技術を業界標準インターフェイスで公開し、巨大なビジネスエコシステムの成立に成功した。消費財系のデータを専有しマッチングすることで大きな収益を得ており、日本企業から見れば、いわば制空権は完全に握られてしまった格好だ。
しかし、第3次産業革命ともいわれ目下の注目が集まる生産財系のプラットフォームでは、「地上」の設備を持つ製造業が、センサーが生み出すデータを、信頼できるパートナー企業と共有するようになる。ここに、「地上」とデータを共有し、「上空」とも常時接続する仮想空間、いわば「低空」のサイバーフィジカル層が新たな競争の場として立ち上がる。
これを地上で迎え撃つ日本製造業のデジタル時代のモノづくり戦略は、3層それぞれで、次のように概観できる。
「DX」「カーボンニュートラル」「ウクライナ」など、グローバル化の波に乗って様々なテーマが押し寄せてくる現代では、取り組むべき課題も逐次移ろっていく。だからこそ藤本教授は「目先や流行を追うのではなく、グローバル競争で『勝てるデジタル化』『勝てるサステナブル対応』を志向すべきです」と強調する。
「グローバル競争の中で日本企業の競争優位は、やはり戦後の日本で歴史的に形成された、調整型ものづくり能力を持ったサッカー型の現場、多能工のチームワークであるといえます。そして、この組織能力と相性の良い、インテグラル型の設計思想を持った面倒くさい製品を作り出すことが得意なのです。流行追随ではなく、強みを生かすことが、グローバル化の時代にあっては一層重要です」
強い現場(コテコテのものづくり能力構築)と強い本社(しぶといアーキテクチャー戦略)がしっかりとタッグを組んでいる組織能力と、「三方良し」の経営哲学が両輪となって回っている会社、いわば「サステナブルなリーン生産方式」の会社が、これから日本の製造業が目指すべき一つの姿なのである。
さらにミクロな経営環境に目を転じると、近年ではコロナ禍により景気の一時的な悪化がみられた一方、産業界ではデジタル化の必要性が急速に高まっている。嶋岡社長は、こうした様々な動向の中でも、テクノプロ・デザイン社にとって特に影響が大きい環境要因を次のように指摘している。
「まず、採用の難易度が増しています。背景には少子高齢化による労働人口の減少、大学卒業者の減少があり、特にエンジニアの採用が難しくなっています。また働き方の多様化など、働く人のニーズも変わってきています」
「この課題に対応するため当社では、“人が集まる魅力のある仕事を提供する”、“働く人の多様なニーズに応える事業モデルを確立する”、“そして当社のセンターピンである教育に注力する“、といった施策を通して、社員がより成長できる、よりワクワクできる環境を用意していきたいと考えています」
そして2つ目が、デジタル技術・DXへのニーズの高まりだ。
「このニーズに対応するためには、上流工程から下流工程まで、お客様のバリューチェーン全体を俯瞰(ふかん)して考えなければなりません。エンジニアから営業メンバーまで、全員が課題発見・提案のソリューション思考を持つことが必要となってきます」
テクノプロ・デザイン社はすでに、プロダクトの知見を持つ7,000名のエンジニア、10年間かけて養ってきた戦略分野、700社以上のクライアントというケイパビリティを有しているが、こうしたケイパビリティも現下の課題に対応すべく、進化を遂げていかねばならないのである。
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