2021.04.01
エンジニアの働き方~産学連携編 東京工業大学 伊藤研究室
畜産の未来を変えるIoTエッジデバイス開発
現場のエンジニアに聞いた「無」から考える力
#産学連携 #東京工業大学 #エッジデバイス #ビッグデータ #データサイエンス #IoT
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2021.04.01
#産学連携 #東京工業大学 #エッジデバイス #ビッグデータ #データサイエンス #IoT
株式会社テクノプロ テクノプロ・デザイン社では、スキルアップ、最新の技術習得を目的として大学の研究室と連携する「産学連携」を進めている。
それらの研究は社会的課題を解決するものも多く、官も含めた大規模なプロジェクトもある。
本稿はテクノプロ・デザイン社と東京工業大が進める「AI機能搭載飼育牛モニタリング機器・システムの開発」について、産学連携の取り組みについて、大学側の伊藤准教授、企業側の電気電子エンジニアの大坪さん、ソフトウェアエンジニア府川さん2名エンジニアからその意義や働き方など現場の声を聞いた。
伊藤先生 ー 背景は複雑なんですけども、要は牛に「ツイート」させる研究をやっています。
AIとセンサー技術を使って牛の行動パターンから、牛が調子悪いとか、発情しているなどの「牛の気持ち」を農家さんに伝えるための装置を開発しています。
1農家あたりで飼っている牛の数は増加傾向にあって、目が行き届きにくくなってきているということもあり、
乳牛の約9割が年一回は何らかの病気に罹っているようです。
そこをIT化し、病気を早く見つけてあげようという取り組みです。
さらに、世界的にはアニマルウェルフェア(動物福祉)という、ストレスが少なく健康的な生活ができる飼育方法を目指した畜産がスタンダードになっています。
これを推進すると病気に罹りにくくなったり、食の安全性が向上するといったメリットもあるのですが、アニマルウェルフェアの評価や家畜の監視に関わるコストが増える問題があるため、それらをIT化して低コストにすることも目指しています。
伊藤先生 ー もともとの専門は集積回路技術です。この研究の出口はエレクトロニクス系企業で使ってもらうことになるのですが、日本の集積回路業界は世界で一人負けしていて縮小してきているため、このままでは自分の研究成果を社会実装することが難しくなると考えました。
そこで、企業に頼るのではなく活用するところまでを自分でやろうと考えて、色々なところにあたり、ようやくプロジェクトとしてうまく進み始めたのが今回の牛のプロジェクトということです。
府川さん ー プロジェクトが始まった当初からセンシングシステムの開発と、ビッグデータの解析、クラウド、こういったところを担当してました。
ビッグデータも、受け手にも分かるようにする加工したり、ネットワークのトラフィックにも負荷がかからないよう圧縮します。
100ページの作文を2〜3行にまとめる、そういった作業ですね。
大坪さん ー 牛につけるエッジデバイスの基板設計を行なっています。
これには電力の問題があって、デバイスを動かすために長期間(2年間)電力をどう供給するか。現在、環境発電、つまり太陽光による対策を検討しています。
日照時間についてはNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)からデータを引用できるのですが、そこから発電量を計算しています。
また小型化は重要で、今のフェーズでは市販の「慣れてる部品」から選ぶしかないかなと。課題が見つかったらそれに対応する、その課題を見つけるのが初めの一年の仕事でした。
ただ、どちらかと言うとエッジデバイスの消費量電力は全体からみると微々たることで、全体的には「推論」に関わる作業が多いですね。
つまり府川さんが関わっているビッグデータの圧縮に、どれだけエネルギーが使えるか、作れるかを考察する時間が多いです。
府川さん ー 「牛がツイートするってどういう仕組みなんだろうな」と。
そこで「牛の気持ち」を体現するものとして「加速度データ」を用いました。
ある瞬間激しく動いたとか、ぐるっと回ったなど、その状況から牛はどんな状態なのかを当てに行くのです。
-- 人なら「〇〇が痛い、苦しい」と口で説明できますが、牛は行動から症状を判断するということですね?
伊藤先生 ー 牛は人間の言葉を話しませんからね。我々は他社を参考に、まずは加速度データをAIで分析する方法から始めました。
いざやってみて、AIに学習させるためのデータをとるところで苦労しています。
牛の首にデータロガーを装着して大量のデータを集めなければならないのですが、牛はこちらの言うことを聞きま
せんので、必要な行動が生じるまで待つしかないんですよ。
さらにデータを取った後に、録画しておいた動画を観ながら「この加速度は〇〇の行動だった」と行動ごとにラベルをつけて教師データを作るのですが、これも大変な作業です。
--医学的に牛の行動から症状がわかったりするものなのでは?
伊藤先生 ー 牛の状態は行動の割合からも分かるようで、学術論文などを参考に研究を進めています。ただ、実際にシステムに組み込んでみると論文のやり方ではうまくいかなかったり、あまり正確ではないことが解ってきました。
--加速度以外の指標は?
伊藤先生 ー プロの農家さんは牛の表情や雰囲気で状態が分かると聞きましたし、牛の太り
具合を数値化した指標(ボディーコンディションスコア)というのもあります。
僕らが取り組んでいるシステムは、放牧で利用することを想定していますので、このような画像で判断するやり方だとカメラが大量に必要となるため、費用的に困難だと考えています。
--今回の研究は牛以外にも応用ができるのでしょうか?例えば豚、鶏、ペットとか。
伊藤先生 ー できると思いますが、費用対効果の問題があると思います。
鶏のように単価が安く出荷サイクルが短い家畜に関しては、各々にセンサを取り付けるのは費用面で現実的ではないと思っています。
一方で,牛は出荷サイクルが長く、単価が高いため、比較的導入しやすいと考えています。
ペットもいいかもしれませんね。
ただ、センサを大量に生産しないと単価が下がらないため、センサを売ったりサービスで課金するやり方は体力のある会社じゃないとシンドイ気がしています。
我々は、倫理的生産が世界的に重要になってきているところに絡めて、第三者から寄付などをしてもらうなどの別ルートでお金が入る仕組みも考えているところです。
府川さん ー 伊藤先生のマネジメント力を学びました。
利益を追求する一般企業とは違って、利益にはならないけども誰かが取り組まなければならないことをやり遂げるそのマネジメント力を学びました。
大坪さん ー 関わった当初、伊藤先生から「本質を考える」と仰っていて、そこを外れずに皆同じ方向を向かえば間違いはないのかなと。
府川さん ー 飲み会や昼食をご一緒させて頂いたりですかね(笑)
伊藤先生 ー 府川さんはキャラが立っていて、府川さんの近況を大人数で聴くという「府川会」というのをやっています(笑) 他にも彼は小説を書いてるんです、読ませてくれないけど。
府川さん ー 他の学生と一緒にプロジェクトを進める中で週何回か打ち合わせをするのですが、彼らの考え方を学ばせてもらうこともあります。
東京工業大学の学生さんは本当に優秀で、研究者やエンジニア、社会人としての素養をコミュニケーションを通じ醸成しているようです。
伊藤先生 ー このプロジェクトには外国人の方も多くて、府川さんはじめみんなキャラが濃い(笑)
例えばモンゴルの大学の農学部で先生をやっていた方が、我々がやっているようなスマート畜産を勉強するために電気電子の勉強を独学でやって修士課程から入りなおして私の研究室にいます。すごいと思って尊敬しています.
大坪さん ー 週一回の学生も交えた打ち合わせを行います。とはいえ、環境発電をやっているのは2名なので、学生さんからのツッコミや議論展開は少ないですね。
-- 大坪さん、府川さんのお手伝いを学生さんが担っている、そういう「上下関係」ではないんですね?
伊藤先生 ー ないですね。技術の前には皆平等ですから。
組織にはなっていますが上下関係のような組織ではなく、それぞれが自由に活動できるよう住み分けをし、かつ相乗効果を意識しています。
あとは、基本は自由にやってください、というスタンスです。
府川さん ー 通常の配属先だと、リーダー、マネージャーは強い意思をもって仕事をされているのですが、周りにいるメンバーは全てそうではなく、お給料をもらえればいい、そういう考えの人がいました。
ここ東京工業大学では目標をもって一人一人が考えながら研究するため、精神力と向上心が皆さん高いです。
当然、企業は方法論がしっかりしているので、時間をかければ着実に仕事が進んでいくのですが、ここは個人のパワーが際立つな、とは感じています。
府川さん ー この研究室は、探究心がないと何もアウトプットが出せません。
それは「自由」だから。ただ、その「自由」が実はプレッシャーになっていて、「自分に本当にアウトプットが出せるのか」といつも不安には思います。
自分で目的意識を持たないとやれないと。
大坪さん ー だから普段の進め方だと、特に指示されるということはなく、適宜報告が必要と考えています。
--一般の企業だと売り上げなどが成果になると思うのですが、この研究室の成果物って何ですか?
府川さん ー 成果物ではないけど、学会で発表する機会があったり、学生さんの出す論文の共著者に名前を列ねたり、そういった目に見える成果は出せてるかなと。
大坪さん ー 一般企業では表面的にはあるかもしれないけど、ここでは自分がどこまでできるかを追求しているので、何を成果物として出すかが難しいと感じています。 自分で決めていく、ということが苦労ですね。
--企業だと成果を出そうとすると時間の制約で妥協することもあり葛藤があると思うのですが、その辺りはどのようにお考えになられていますか?
大坪さん ー 葛藤はないですね。企業の場合、ある種機械的にやる必要もあるかと思いますが、ここではないです。
伊藤先生 ー もともと、ポテンシャルが高くてかなり素質があったかと思いますよ。お二人は自分ごととしてやってくれてるのでありがたいですね。
府川さん ー 普段関わらない人と話すことが多く、何を話してるのか解るまでは苦労しました。例えば、東京工業大学のシンポジウムで先生方がコメントをされますが、難しくてその場では意味を汲み取る事ができませんでした。後日、その話を内閣府のホームページ等で調べ直すことで政策に対する理解を深めました。
我々のプロジェクトは国の方針がダイレクトに刺さるので、話しを理解できる必要がありました。
それも学内、学外含めて色々なレイヤーの会議に参加するうちに何とか理解できるようになりました。
-- 皆さんは現場の畜産農場に行かれることはあるのですか?
伊藤先生 ー あります。メインでやってるのは信州大学農学部の農場と島根の益田市にある農場ですね。コロナ前は機器の設置で月1回のペースで行っていました。
今はコロナなので、細々とですね。センサーを送ってはいるのですが、現場に行って実際の行動とエッジデバイスのデータが正しいかを検証する作業が今はできていません。(取材時期2021年3月)
府川さん ー 行くと楽しいですよ(笑)現地の大学生とも交流あります。
大坪さん ー 実際に牛と会うと、新たな発想・思いつきを得られることがあります。「あっ!」と思うことが何回もありました。
府川さん ー 初めはかわいいな、なんて思うんですが、6時間もビデオ録り続けてるとタンパク質の塊にしか見えなくなります(笑)
目の前で物理的に存在する牛と、センサ値で定量化した論理値の牛に対して、眩暈を感じました。
大坪さん ー 府川さんはソフトウェアをずっとやっていて実物を見る、という機会が少ないから、そう思うのかもしれませんが、僕の場合「モノを見て判断する」という仕事柄の文化があると、達観できるのかもしれません。
伊藤先生 ー 社会に出てから学び直す、という機会はすごく少ないじゃないですか?
ですので、産学連携だけに限らずもっと再教育の場を増やした方がいいと思います。
よくある共同研究の形は、企業が大学に設計を依頼する、こういうパターンが多いのですが、これはハッピーなやり方ではありません。
企業も大学で一緒に研究し、新しい考え方を身につけていく、あと、学生も企業に行って勉強して、ビジネスはどういうものなのか、それぞれ今まで持っていなかった視点を身につけられるという相互に良い効果が期待できるかなと。
今回大坪さん、府川さんが大学の研究のやり方を別の企業に行った時にも活かせると有意義なのかなと。
府川さん ー 企業配属に戻ったら、上長の求めることを想像しながら仕事をすることができるようになったと思います。
大坪さん ー 思考力が身についたと思います。課題はないけど自分で課題を見つける、ビジネスの場だと自分で仕事を取ってくることができるようになったと思います。
伊藤先生 ー 非常に重要なポイントで、いい研究をするにはいい問題を見つけることなんですよ。いい問題というのは、本質に迫らないと見えてきません。
大坪さん ー 本質に迫るアプローチとして、まずは自分自身に対し「自由」を与えることです。発想を解き放つと。
問題が顕在化していると、そこだけをフォーカスしてしまいがちですが、実はその問題は誰でも答えられる場合も多くて、それって本質ではないと思うんですよ。
府川さん ー 火中に飛び込む、そんな気持ちを持ってください、ですかね。何がきてもやり遂げてやるぞ、という自信があれば。
伊藤先生 ー 人って自分で自分の能力を抑制していると思うんですよ。深く考えずにまずやって見る!と。
大坪さん ー 発想がとても大切。今までの経験を一旦「無」に。 僕も入って3ヶ月は「こうしなければならない」という思考に陥っていました。それが今変わりました。
※インタビューならびに写真撮影は新型コロナウイルスに配慮し、十分な換気をしている環境で2m以上の距離をとるなどの対策を講じています。冒頭の集合写真の撮影では、会話をせずに写真撮影時のみマスクを外しています。
1979年秋田生まれ岩手育ち。
東京工業大学 総合理工学研究科 博士後期課程修了。
東京工業大学で助教をやりながら、インテル社(米国)や富士通研究所に勤務・出向し、2013年から准教授として高周波集積回路技術や、IoT/AI応用技術の研究開発に従事.2020年に集積回路系のベンチャー企業を設立。
趣味は、エレキベース、釣り、カメラ、登山、旅行、料理。3度の飯よりラーメンが好きだが、血圧が心配であるためスープを飲み干さないようにしている。
平成生まれ福岡県育ち。
入社後、通信機器やパワエレ設計開発業務に携わり、共同研究先の東京工業大学では低消費電力のIoTデバイスやパワーマネジメントの研究開発に従事。
趣味はカメラをもって散歩することだが、納得のいく写真は300枚中1枚となってる。
1987年神奈川生まれ。
データベース/業務ソフトエンジニアとして経験を積んだ後、テクノプロ・デザイン社に入社。
共同研究先の東京工業大学では、多変量解析を用いたAIの研究開発や、生体リアルタイムセンシングロガー製造などに従事。
ビッグデータを蓄積するクラウド開発をお手伝いし、協力会社やスタッフとの調整にも携わる。
趣味はボーリング。
「牛にツイートさせる」
そんな分かりやすい言葉で始まった本企画。
IoTエッジデバイスの開発ということで、企業だけでなく官、学あらゆるレイヤーで取り組みが進む最先端の分野にもかかわらず、小難しい話はなく和気あいあい、闊達な対談になった。
産学連携というテーマでその働き方に迫ったが、取り組みにおいて「課題を見つける苦労」ということをエンジニアは語った。
一般企業はその「方法論」「サービスの方向性」が確立されている点において、課題を見つけるにしても道筋が明確だが、東京工業大学伊藤研究室のプロジェクトにおいてはそれが無い。
課題解決力に発想力をプラスして臨まなければならない。客先業務のエンジニアは否応なくクリエィティブ力を身に付ける必要があるようだ。
しかし、エンジニアにとっては業務の幅を広げられるためプラスの力であり、モノを作ることにおいて様々な観察眼を持つことは大切だと思う。
伊藤先生も仰っていたように、企業と大学は距離を縮めることはお互いに知見を深められるものである。
しかしそれはお互いの文化を押し付け合わないことが重要なのだろう。
大坪さん、府川さんもまた「企業での働き方」を否定しない中で、伊藤研究室での働きに手応えを感じているようだった。
この研究室には産学連携の理想の姿があると感じた。
テクノプロ・デザイン社ではエンジニアのキャリアを一緒に考えていく
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市場の中で自分のエンジニアとしての価値がどれくらいなのか知りたい
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