2021.06.23
AI機能搭載 飼育牛モニタリング機器・IoTシステムAIデータを飛ばせ!長距離データ通信と超低消費電力の実装における課題と試み
#産学連携 #東京工業大学 #エッジデバイス #ビッグデータ #データサイエンス #IoT
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2021.06.23
#産学連携 #東京工業大学 #エッジデバイス #ビッグデータ #データサイエンス #IoT
皆さん、『アニマルウェルフェア』と言う言葉を聞いたことがありますか?
私は、このプロジェクトに参加するまでその言葉や概念を全く知りませんでした。
農林水産省のWEBには、下記のように記載され定義されています。
「アニマルウェルフェアとは、動物の生活とその死に関わる環境と関連する動物の身体的・心的状態(リンク)」
このように、近年アニマルウェルフェアに配慮した畜産飼養管理が求められるようになりました。その選択肢の一つとして放牧があります。
家畜を快適な環境下で飼養することにより家畜のストレスや疾病を減らし、結果として生産性の向上や安全な畜産物の生産につながることが期待できます。
テクノロジーによって良いアニマルウェルフェアの実現をサポート出来たら牛や酪農農家はよりウェルフェアにつながるのではないでしょうか。
このプロジェクトでは、放牧している牛に専用モニタリングデバイスを装着(図1)することでアニマルウェルフェアの自動評価を行い、畜産農家等のユーザーはスマートフォン等で牛の動き(行動)や位置を把握し餓えや疾病等を迅速に発見して適切に処置できるシステムを考えています。
ご存じの通りIoTは『Internet of Things』の略で、簡単に説明するとあらゆるモノがインターネットに通じてつながることで遠隔地のデータ収集や制御を可能にする技術の総称のことです。
牛モニタリング機器もその一種です。この牛モニタリング機器の内部には加速度センサ・マイコン・GNSS・通信モジュールとそれらを駆動するためのバッテリが内蔵されていて、牛の動き(行動)や位置などを定期的に電波でデータを送信しています。
牛モニタリングシステムは、畜産農家の方の負担を軽減し牛をモニタリングするツールであるため、機器のメンテナンスフリーは必須の条件となります。そのため、牛の飼養(放牧)期間中はバッテリ交換レスを目指しています。
バッテリ交換レスを実現する方法は大きく2つ考えられます。
① 超低消費電力にする方法
② 環境発電を導入する方法
牛の疾病等を発見する方法として、移動・摂食・反芻・休息等の行動割合を日ごとに比較する方法があり、まずは牛のモーションから移動・摂食・反芻・休息等の行動を分類させる必要があります。
本システムにおいては、牛モニタリング機器の内部でAIを活用して行動分類を行っています。
一見すると、なぜモニタリング機器にAIを実装する必要があるのか疑問に感じると思われますが、その理由はLPWA(Low Power Wide Area)を使用して長距離データを飛ばしたいからです。
LPWAとは「低消費電力」と「長距離データ通信」の2点に特徴を持っていますが、低ビットレートとなっています。
例)LPWA種類としてSigfoxがあり、その規格は、1日あたり12byte × 140回以内
この理由により大量の加速度データをそのままLPWAで送信することはできません。そのためモニタリング機器側で牛の行動をAIにより分類する方式を取っています。
最近のAIと言えば、Deep Learningを想像するがAIの種類は様々あります。AIとは、表1のような概念があります。
低消費電力の観点から演算量が少ないAIロジックを実装することを考えました。機械学習の中で、マイコンに組み込み易く演算量の少ない決定木ではないでしょうか。
さて、これまでの流れから必要要件が分かってきました。課題を見つけるために実証実験の機器を作成してみました。モニタリング機器のブロック図を図2としました。
簡単にブロック図の説明をすると、マイコンにはテキサスインスツルメンツ社の低消費電力向けのMSP430を採用しました。このマイコンの割込み機能により演算処理をする間だけマイコンをスタンバイモードからアクティブモードへ移行させることが容易にできます。
プログラムで実装しているパワーマネージメントはGNSSやLPWA等を動作させるタイミングだけ電源ONさせる回路の制御や信号線によりWake upさせる回路の制御機能を持っています。
これにより、マイコン周辺回路部品の消費電力削減を狙っています。
モニタリング機器は、3.6Vのリチウム乾電池(Li-SOCL2)で動作させたいのですが、LPWAモジュールの入力電圧は3.3Vのため直結できません。
そこで用いるのが、リニアレギュレータやスイッチングレギュレータの出番となります。誰しも低消費電力観点から高効率のDC/DCコンバータを選定するでしょう。
GNSSやLPWA送信中は、電流が数十mAとなるが、アクティブなデバイスがない状況では0.1mA以下となります。低消費電力にするためには、電流が変動する範囲で高効率なデバイスを選定すると良いです。
一例として、Analog Devicesが製造しているLTC3129の特性を見てみましょう。(図3)
参照:https://www.analog.com/media/jp/technical-documentation/data-sheets/j3129fb.pdf
このDC/DCコンバータは、低ノイズのPWMモードと高効率なBURSTモードがあります。このICの設定をBURSTモードにすると変換効率は80~90%(IN=3.6V、0.1mA~100mA)で電力変換ができます。
図2をベースに試作を行いました。
GNSSの動作や決定木のアルゴリズムによって消費電力が変動しますが、平均消費電力5~9mW程度となりました。
計算上、リチウム乾電池3本で5カ月以上連続動作する見込みが立ちました。
実績として牛に設置したデバイスは4カ月以上連続動作してます。
行動分類した結果(図4)は、クラウド上からデータ確認ができています。
(16:26、17:27は、LPWA受信ぜず)
この実験により、LPWAの受信が安定してないことが分かりました。これは、牛の動作、位置により電波状況が安定していないと推測しています。
一般的に放牧での肥育はおよそ2~3年と言われ、その期間はエッジデバイスのメンテナンスフリー化させたいと思います。
しかし、そのままの消費電力だと単純にバッテリの搭載数を増やすことになりモニタリング機器の大型化やコスト増となります。
モニタリング機器を1次バッテリのみで長時間動作させるには、超低消費電力にする必要があります。これは、機能や推論精度の犠牲を伴います。
例えば、性能向上として下記を実装すると消費電力が増えます。
・行動分類の精度を向上させるため演算量を増やす。
・位置取得ためにGNSSのアクティブ時間を増やす。
・リアルタイム性を向上させるためLPWAの送信頻度を増やす。
このように、モニタリング機器の性能と消費電力はトレードオフの関係にあります。
これらの課題を環境発電より解決することで、高性能化とメンテナンスフリーの両立を目指し更なる精密放牧を実現させたいと考えました。
そこで、よく知られている環境発電とパワーマネージメントのエネルギーハーベストを検討しました。システム構成は図5のとおりです。
パワーマネージメント回路は、エネルギーハーベスタの電力(光エネルギー等)をエネルギーストレージに蓄電し負荷デバイスへ電力を供給します。
エネルギーストレージの蓄電エネルギが無くなると自動的にエネルギーストレージから補助バッテリへ切り替え負荷デバイスへ電力を補います。
テキサスインスツルメンツ社やアナログ・デバイセズ社からエナジーストレージと補助バッテリを接続できる環境発電用の専用IC(ADP5091 ,bq25505)が既に販売されています。
これらの専用ICはエネルギーストレージの電圧管理のみでチャージ電流やエネルギーストレージの温度管理ができません。
エネルギー源を太陽光とするエネルギーハーベストのシステムを考えました。
光エネルギーをエネルギーストレージに蓄電させ昼夜問わず牛モニタリング機器へ電力を供給します。
晴天であっても夜間や日射量の低い時間帯はエネルギーハーベスタで電力を満足に供給できないことから日中得られた光エネルギーをエネルギーストレージへ蓄電させる必要があります。さらには、連続した天候不順に対応させるため数日分の電力をエネルギーストレージへ蓄電させる必要もあります。
例えば、4日分の必要な電力量は、
電力量[Wh] =消費電力[W]*時間[s]
960mWh = 10mW*24h*4日(※10mW:モニタリング機器の消費電力とする)
(960[mWh] = 3456[J])
下記の式で分かる通り、キャパシタで大容量のエネルギーを蓄電するには、高電圧にするか静電容量を増やす必要があります。
エネルギ密度が高いコンデンサとして、電気二重層コンデンサやハイブリッドキャパシタがあります。これらは、スーパーキャパシタやウルトラキャパシタと呼ばれています。
これらのコンデンサの特徴として、高容量だが1セルあたりの耐圧が数Vと低いです。高耐電圧にするためセルを直列にすることが考えられるが静電容量が減ります。
デバイスのサイズの制約より、エナジーストレージにはニッケル水素電池(Ni-HM)を採用することとしました。
ニッケル水素電池を安全に使用するためには、充電電圧、電流や温度管理をする必要があります。さらに、実用性から太陽パネルからの入力電圧範囲や出力電圧の固定化させる必要もありました。
これらの理由により、環境発電IC (ADP5091 やbq25505)をそのまま活用するには課題があります。
現在、IC等を複数組み合わせ新たなパワーマネジメント回路の設計と動作確認、性能評価を行っていることろです。上手く動作すると、今後計画している実証実験に活躍するでしょう。
ここまで、エッジデバイスに焦点を絞って話してきました。
牛は思った通りに動いてくれないため検証には多くの時間が掛かります。
また、教師データ作成のためにアノテーションには、想像以上に時間が掛かります。そして、私は、牛の反芻の気持ちが分かりません。
最後に、AIの処理を工夫することで、産業設備の稼働状況の把握や高齢者の見守りや防犯機器に活用できると感じました。
平成生まれ福岡県育ち。
入社後、通信機器やパワエレ設計開発業務に携わり、共同研究先の東京工業大学では低消費電力のIoTデバイスやパワーマネジメントの研究開発に従事。
趣味はカメラをもって散歩することだが、納得のいく写真は300枚中1枚となってる。